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2020.06.11

[レポート] 第6回大人の学びなおしウェブ講演(2020/6/9)

豊田工業大学 江口教授を講師に迎え、「哲学対話が拓く未来の教育と、これからの道徳教育のあり方」をテーマにご講演いただいた。本講演は新型コロナウイルス感染拡大防止のため、Zoomウェビナーを用いて開催された。(主催:一般社団法人中部圏イノベーション推進機構)

◇講演要旨
文部科学省が新学習指導要領の中で「主体的・対話的で深い学び」という方針を打ち出したことによって、各教育機関では、いわゆる「アクティブ・ラーニング(能動的な学び)」の導入が進められています。また、2018年度以降、小学校や中学校で、いわゆる「道徳の教科化」が本格的に開始され、従来とはスタイルの異なる「考え、議論する道徳」が推奨されるようになりました。これらは、従来の知識伝達型の授業の汎用性のなさと、旧来のモラル教育の深刻な行き詰まりを受けたものであると言えます。

しかし、「主体的」とはどういうことなのか、何をもって「深い学び」とするのか、そもそも「対話」はどうやって行うのか、といった根っこの部分に関する議論が尽くされないまま、一斉に従来の「座学」から「アクティブ・ラーニング」への転換を余儀なくされ、現場は途方に暮れているのが実情です。道徳の教科化に関しても、「考え、議論する道徳」を自分が経験していない世代の教師たちが、子どもたちにそれを教えなければならないという過酷な要求に加えて、「検定教科書」の使用義務や、「成績評価」の導入など、悩みの種が山積しています。結果として、“形ばかりの”アクティブ・ラーニングや、“見せかけの”議論中心の授業を実施し、あたかも生徒たちが主体的に学んだ「ことにする」(教師はそれらを実行した「ふり」をして、その場を乗り切る)という、誰の意にも沿わない不本意な授業風景が出現しています。

他方で、従来の「座学」中心、「板書」中心の授業が、もはや教育として機能不全を起こしていることは、教育現場の実情を知る者にとっては疑い得ないところまで来ています。同様に、旧態依然とした日本のモラル教育が行き詰まっていることも、さまざまな場面で多くの人が実感しているところでしょう。もはや「結論ありき/予定調和」の道徳授業には、若者の道徳心や倫理観を根本から醸成する力がないことは、社会現象を冷静に観察・分析してみれば判ります。こうした教育不全の状況において、いま我々が見据えるべき教育のあり方とは何なのか。この閉塞状況を打開する突破口はあるのか。現行のアクティブ・ラーニングや道徳授業に決定的に欠けている要素は何なのか。このような問いと共に、日本の教育の行く末について参加者と一緒に考えました。

その際、現行の教育システムに代わる新しい学びの手法として、「哲学対話」が紹介されました。哲学対話は、1970年代にアメリカの学校教育プログラムとして開発され、海外では「子どものための哲学(Philosophy for Children: P4C)」の呼称で親しまれている教育スタイルです。日本でも、以前からフランス由来の「哲学カフェ(café philosophique)」と並び、市民に開かれた哲学の実践活動として、一部地域では活発に行われていました。しかし、近年になって急速に小学校・中学校・高校・大学などの教育機関での導入が進んでいます。また、地方自治体や市民団体の活動とも連携して、まちづくりや地方創生、地域活性化のツールとしても注目を浴びつつあります。さらには、企業の社内コミュニケーション研修などでも活用され始めています。どうして哲学対話が、こんなにも注目を浴びているのか? そこには、市民のどんな願いや期待が込められているのか? 哲学対話が、学校教育のみならず、地域コミュニティ形成や組織再生にとって、どのような貢献の可能性を秘めているのか、その秘めた力を実例に基づいてご紹介いただきました。

あわせて、「対話」と「議論」はどう違うのか、なぜ「ディベート」ではなく「対話」が重要なのか、といったことについてもご説明いただきました。話題は、最終的に、これからの市民社会の作り方や、情報通信技術との付き合い方、昨今の大学生の国語力の実情、「スマホ世代」の若者の特徴など、広範囲に及びました。

講演中、参加者からは、「どうしてこれまで日本の教育システムは、〈読む〉ことと〈書く〉ことに注力する一方で、〈話す〉ことと〈聴く〉ことに力を入れてこなかったのか」という質問や、「文部科学省は、どれくらい本気で教育を変えたいと思っているのか」という鋭い質問、また、「道徳教育を学校の中でやることには無理があるのではないか。むしろ学校の外で教えることはできないのか」という意見や、「これからは、中央集権的な教育体制ではなく、地域のニーズに合わせた特色のある教育スタイルが求められるのではないか」といった意見など、さまざまなコメントが寄せられました。

◇参加者の声
・道徳教育は、社会全体でサポートすべきという点に、共感できた。学校教育でできることには、限界があるので、皆でサポートすることが重要であると思う。
・分かりやすく、一方で自らを振り返る時間にもなりました。

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