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2023.02.04

[レポート] 大人の学びなおし第4クール 第6回講義(2023/1/24)

大人の学びなおし第4クールの第6回講義は、東京大学大学院教育学研究科 隠岐さや香 教授を講師に迎え、「文系と理系の歴史―なぜ分かれたか」(領域:科学史)をテーマとして講演いただいた。

◇講演要旨

昨今、文系と理系を分けるのはよくないと言われながらも、それは日本の受験制度の中に根を下ろしてしまっている。高校から大学へ上がる際に文系理系を分けることで、学生が自分は文系or理系とアイデンティティのように思ってしまっている状況もあるという。
文系・理系の話をする際には、受験の文理を分ける話と、学問の分野を分ける話の、性質の異なる話がある。前者は東アジア、特に日本で強い制度であり、欧米では受験の入り口でそのように分けることはない。しかし後者は世界中でなされる話である。

学問の分岐、分類には長い歴史がある。西洋の学問では、凡そ全ての始まりが哲学である。それが17世紀ごろに「自然哲学」と分けられ、のちに自然科学、理系と呼ばれるようになる。それ以外の文系については、18世紀ごろから経済学や社会学につながる人間社会の哲学が「道徳哲学」として別れ、今では社会科学と呼ばれるようになった。そしてこの自然科学、社会科学にも属さない分野を人文科学として現在呼ばれている。もちろん、西洋以外のオセアニアや中華圏にも独自の分類などがあったが、日本では明治維新の際に西欧式を導入し、今に至っている。
哲学の歴史は、知とは何か、学問とは何かを考えた分類の歴史とも言える。なお、中世に「プラトン的区分法」とみなされた学問分類法では、音楽は自然学の中に入っており、さらに「アリストテレス的区分法」によれば音楽は数学の中に入っていたという。

一方、哲学的学問分類と大学の構造は異なっていた。大学はもともと神学・法学・医学からなる上級学部を教える場所であり、その他伝統的な自由学芸7科(リベラルアーツ)+後の自然科学と人文社会科学などは「哲学」として下級学部(学芸学部)に分けられたり、フランスとドイツの対立を初め国ごとに学部の分けが異なったりした。

日本はそのどれもを輸入し、当初は学問の言語ごとに派閥争いがあったが、19世紀後半には洋学派主導で専門教育移管の設立構想が立ち、1877年には東京大学が誕生した。但し、日本の特徴としては、1886年に帝国大学(現在の東京大学)に工学部にあたる工科大学を設けていた。工科を持つ総合大学は世界初であり、欧米より工学を重視していた。いつから文系・理系が明確に分かれたかはまだ定かではないが、少なくとも20世紀初頭には法令に文科・理科と明記されていた。明治維新のころには中国から日本への留学も多く、この体制が中国へ輸入されるなど、日本の文系・理系体制は東アジアに大きな影響を与えた。しかし今、中国では文系・理系を分けない受験制度に方針展開している過渡期にあるという。

今回の講義では、学問の歴史を辿った上で、文系とされる分野と理系とされる分野の特徴の違いを確認し、学際的な考え方が奨励されている昨今で、「分けた上で、違う視点をつきあわせて考えてみる」ことの重要性について考えた。

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